はみだしあつし。〜センミリブログ〜

センチミリメンタルの温詞のブログです。

さよならひーくん、いつかまたここで。

目覚めると酷く寒かった。
この季節ではいつものことだ。寝相のせいか、目覚めの時いつも掛け布団が自分の体より左側にずれている。
まるで世間から少しずれている自分のようだ、だから周りの空気は少し冷たく感じる…なんて馬鹿げたことを、ふと思った。

布団から出て、リビングに向かう。氷のような床の温度に蝕まれた足の感覚を取り戻そうと、真っ先に靴下を履き、それから服を着替えた。
その後、寝癖を直すために髪を濡らすのだが、この季節の水道水はもはや凶器に等しい。冷たさに頭をかち割られるわけにもいかないので、お湯で髪を濡らした。
タオルを手に取り、余計な水分を拭き取る。顔を上げ、鏡に目を移すと、そこには髪の濡れた疲れ顔の僕と、ひーくんが映り込んでいた。

いつからか、僕の中にはひーくんという生物が住み着いている。
ひーくん。
正確には生物と言っていいものなのか危うい存在ではあるけれど、とりあえず僕の中では生物ということにしている。
ひーくんはとても無機質だ。
言葉を話したりは出来ないし、表情もない。触れてみても温度すら感じない。ただ少しずつ少しずつ成長していくだけ。マリモみたいなものとでも言えばいいのだろうか。
そんなひーくんでも、僕はどことなく愛着めいたものを感じていて、時折撫でてみたりする。その度にひーくんは嬉しそうに(僕は勝手にそう捉えている)声とも言えないような、不思議な鳴き声をあげるのだ。
鏡に映った、随分と成長したひーくんを撫でると、例の如くひーくんは鳴き声をあげた。

そろそろかな。
さよならの気配はすぐそこまで来ていた。

何年か前、当時の恋人はひーくんのことをとても嫌っていた。ひーくんが現れ、次第に成長していく度に怪訝な表情を浮かべた。
それだけではない。ひーくんは基本的に周りから、特に女性からの評判が良くなかった。
でも、それも仕方ないことだ。いかんせん、ひーくんはその見た目が悪かった。お世辞にも美しいとは言えるものではない。

お前は何も悪くないのになぁ。

そう言ってひーくんを撫でると、また変な鳴き声をあげた。

髪を乾かして整えた後、リビングに置かれているひーくんと僕を切り離す装置を手に取った。
さよならの時だ。
電源を入れる前、ふと窓の外を見ると、何故だか昔の恋人の声が聞こえた気がした。

ねぇー、またぁー。

怪訝な表情の彼女は、ひーくんを撫で、そして呆れたように笑った。ひーくんも嬉しそうに鳴いていた。
そんなことも、もう手の届かない遠い昔のことのように感じる。
胸の奥がきゅっと痛んだ。

また会うための「さよなら」は幸せだ。
さよならをして、また普通に会えるということは当たり前のことじゃない。
だってね、ひーくん。もう会えなくなるような、さよならもあるんだよ。
だからこれは、幸せな、さよならなんだ。

鏡の前に立ち、装置の電源を入れる。
それをひーくんに当てると、悲しそうな鳴き声をあげた。
ごめんね。と、ひーくんにそう語りかける。
でも、またすぐ僕らはここで会えるから。

ひーくんはどんどん僕から切り離されていき、やがて、見えなくなった。
それから僕は家を出て、いつもと変わらない街並みをひとりで歩き出した。

 

(終)

 

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ヒゲを剃りました。というだけのネタではブログとして成立しないので、ヒゲを剃ることをいかに切なく、リリカルに描けるかというのが今回のブログのテーマでした。
どうでしたでしょうか。
ただ「ヒゲを剃りました。」って内容でも、書き方ひとつで見え方も全然変わるな〜と。改めて言葉の面白さに気付けたような、そんな気がしています。個人的には。

ちなみに、実際にはヒゲに対してひーくんなどという名前はつけていないのでそこだけはご安心下さい。


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著者 : 温詞(センチミリメンタル)
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プロフィール
2012年、自身のソロ名義での音楽活動を開始後、そのサポートメンバーと、ポップロックバンド「センチミリメンタル」を結成。作詞作曲編曲全てを担当。 2015年に新プロジェクトとして、ソロユニット「ねぇ、忘れないでね。」での活動を開始。同年、メジャー直結型オーディション「イナズマゲート2015」にてグランプリを獲得した。
2018年より、ふたつの名義を統合し、新生「センチミリメンタル」として新たなスタートを切った。 また、自身の活動と並行して、様々なアーティストへの楽曲提供やサウンドプロデュースを行う等、多方面に活動の場を広げている。

 

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