ねぇ、センチミらないでね。〜温詞blog〜

ねぇ、忘れないでね。 / センチミリメンタルの温詞のブログです。

言葉を伝えるということ

 

音楽という、いわゆるヒューマニズムにおける微妙な感性のアソシエーションは、古来からずっと伝わってきた一種のアナリシスである。
それがどうか。昨今の音楽シーンといえば、とにかくスペクタクル技法やマクロス眺望ばかりが目立ち、本質的なセンシティブな表現などが淘汰される傾向になってしまったと思う。

さて、僕は考える。
この先の「音楽」は、どうすべきか。
ドラスティックに変化を遂げていくとこに関しては、問題はないように思える。
むしろ、必要である。
問題はそこではなく、もっと根本的な、ナイーブかつファシリテーションな部分にあるのだ。

パラノイア、という言葉がある。
そこに対して様々な意見が交わされることと思うが、僕はそれら全てひっくるめて先導を切るものたちが犯した、最大のミスディレクションのように思える。
DTMミュージュクが一般に浸透してから早数十年が経ち、それらの音楽性に対してのレファンダムも随分と控えめとなってきた。
そういう風にして、この先、音楽のみならず、伝統や風習、そしてやがて社会、思考、全てが、おそらくリメディアルされていくのだろう。
それらの進化は素晴らしい反面、とても恐ろしいことだ。


ここで本題に戻る。

ここまでの内容、何言ってるか分かりますか。
どうでしょう。
ちなみに、僕は全然分かんない。
「難しい 横文字」で検索かけて出てきたやつをなんかそれっぽいところで、それっぽい響きのやつを差し込んでみました。あは。
なので解読出来ないのが、正解です。
どっきり大成功。

先程の文章は、ところどころ文章として成り立ってないヘンテコなものなのに、出てくる単語が専門用語や難しいものばかりで、なかなかその異変にも気づけない人がほとんどだと思います。
これに似た現象が、どの世界にもたくさんあります。
ビジネス、教育、政治、芸術…いたるところで専門用語や抽象表現が多用されて、結果その道の人でない、素人勢には、
なんのこっちゃ宇治抹茶〜♪
…的な感じになってしまう。
故にちゃんと伝わらない、というケースが本当多い!
もちろん、その全てが悪いわけじゃなくて、特に芸術面ではその抽象さを響きやニュアンスで楽しむこともあるから、全てが全てマイナスなわけではないのだけど。

僕は昔から言葉を紡ぐことが好きで、ポエムや小説を読んだり書いたりしていました。その中でたくさんの単語に触れ、自分の中のボキャブラリーを増やしてきました。
それらは作詞をする上でとてもとても重要で大切なものですが、

が、しかし!

受け取り手の頭の中にない単語を使っても、何ひとつ伝わらないという事に気付いたのです。

言葉を伝えるということは、簡単なようですごく難しい側面を持つもの。

それを音に乗せて、大衆に向けて歌うのだから細心の注意と、最高のこだわりが必要だよなぁと。

なので、基本的に僕の書く歌詞は、もし小難しい内容だったとしても、単語は聞き馴染みのある単語を優先的に使うことを強く意識しています。

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「無題」

僕が「死にたい」って
死ぬ気もないくせに
つぶやいた その時にさ
どっかの誰かが
「死にたくないよ」って
泣きじゃくったりしてんのかな

くだらない理由で
喧嘩別れした
恋人たちがいる中で
離れたくないって
強く願うのに
引き裂かれる想いがある

あぁ、やるせなくて
どうしようもなくて
名もない病状

世界は いつでも
世界は いつでも
殺して 殺されて
見て 見ないフリして
廻ってるんだろ

世界は いつでも

世界は いつでも


君が「死にたい」って
そんな一言を
アクセサリーに使った時
生きる理由もなくて
生きる希望もなくて
消える命があるのにね

あぁ、やるせないな
どうしようもないな
名もない日常

僕らは いつでも
僕らは いつでも
殺して殺されても
他人だから、なんて
目を逸らしてる

僕らは いつでも

僕らは いつでも


世界は いつでも
世界は いつでも
殺して 殺されて
見て見ないフリして
「素晴らしい世界だ」

世界は いつでも
奪って 奪われて
他人事、だなんて
廻ってるんだろ
世界は いつでも

世界は いつでも
世界は いつでも
世界は いつでも

僕が「死にたい」って
死ぬ気もないくせに
つぶやいた その時にさ
どっかで誰かが
産まれて 喜びに
泣きじゃくったりしてんのかな

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いかにシンプルかつ、分かりやすい単語で深い詞を書くか、これこそがテーマ!!
でもこれめちゃくちゃ難しいん…
シンプルで誰にでも理解できる単語を並べると、子供っぽくなってしまったり、浅い感じの内容になってしまったり…

でも、だからこそ。

そのテーマの元で、生み出す難しさ苦しみを超えたものたちが持つ「言葉の力」は、きっと人一倍強く、鋭く、温かい言葉のはずだと信じています。

僕の音楽を、言葉を、いつも受け取ってくれるみんな。
本当にありがとう。
ブログもこんな長いところまで読んでくれて…俺なら2行目で読むのやめてる。
そんな優しいみんなに、もっともっと受け取りやすく、心に残る大切な言葉たちを伝え続けれるようにこれからも頑張ります!!

さて、次回は、リスクマネジメントによるアセスメント契約のスムーズな仕方と、その裏側のオーセンティックな部分にメディカル思考を通じて触れていこうと思います。

では。


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著者 : 温詞(ねぇ、忘れないでね。/ センチミリメンタル)

ねぇ、忘れないでね。 Twitter
https://twitter.com/huzimakiatusi


プロフィール
2012年、自身のソロ名義での音楽活動を開始後、そのサポートメンバーと、ポップロックバンド「センチミリメンタル」を結成。作詞作曲編曲全てを担当。
2015年に新プロジェクトとして、ソロユニット「ねぇ、忘れないでね。」での活動を開始。同年、メジャー直結型オーディション「イナズマゲート2015」にてグランプリを獲得した。
自身の活動と並行して、様々なアーティストへの楽曲提供やサウンドプロデュースを行う等、多方面に活動の場を広げている。

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ねぇ、忘れないでね。オフィシャルサイト
http://ne-wasu.com

ねぇ、忘れないでね。 Twitter
https://twitter.com/ne_wasu

「ラブソング / ねぇ、忘れないでね。」
https://youtu.be/aTZKpDm-


「echo / センチミリメンタル」
https://youtu.be/zk4bKYUkwzE

「小説版 echo(本人著)」
http://slib.net/a/13358/